*ミントの人物伝その56[第384歩]

広島に行ってきました。
今回の人物は地元である広島でもあまり知られていないとのこと。
少しでも多くの人に知ってもらえればと思います。


ミントの人物伝(その56)


熊南峰(くまなんぼう、1876−1943)

秘境『三段峡』を世に知らしめた人物。


本名は熊勝一。
1876年(明治9年
愛媛県温泉郡(現在の松山市)で生まれる。


1904年(明治37年日露戦争に従軍する。
彼は手柄をあげ多くの勲章を受けた。
翌年帰還して妻の実家である広島市に居住する。


1913年(大正2年
広島市大手町にあった大島写真館に就職。
写真技師として働くようになる。
やがて南峰は芸北の山間部に出張して小学校の卒業記念写真や
神社仏閣などの写真を撮るようになった。


1917年(大正6年)のこと。
南峰は加計の町に宿泊して写真撮影を続けていた。
そんなある日、地元の人からこのような話を聞いたのだ。


「柴木(しわぎ)からさかのぼってゆくと、面白い滝がある」


ーほう、そんなところがあるのかー
南峰は興味を持った。


広島県の北部、芸北の山に源を発する水の流れは
柴木川・八幡川、やがて太田川となり広島市を潤し瀬戸内海に達する。
三段峡はその柴木川・八幡川にある。
聖湖(現在の樽床ダム)から始まり柴木に至る約11kmの峡谷だ。


さっそく柴木の淵から入峡してみた。
ここから先に入峡するのは木こりくらいで、ほとんど人跡未踏といってよい。
南峰は道のない原生林を進んだ。


ーおう、これはすごいー


行ってみて驚いた。
そこは巨岩が両側から迫っていて、岩肌はまるで竜のようである。
そして滝の水流の激しさは恐ろしいほど。
南峰は始めて見る『竜の口』の絶景に見とれていた。


南峰は宿に戻ってからもあの光景が忘れられない。
ふたたびカメラを携えて、少しずつ峡谷の奥に踏み入ってゆく。
そこでさらに奇岩や断崖・滝や深淵などを目にし
感激した南峰は、次第に入峡の回数を増やしていった。


彼はこの峡谷を三段峡と名付け、峡谷内の全てにわたって探検をした。
のべ入峡回数は一千回以上に及んだといわれる。


柴木川峡谷の竜の口や黒淵
八幡川峡谷の三段滝
横川川(よこごうかわ)峡谷の猿飛や二段滝
そして奥三段峡


南峰は素晴らしい自然美にすっかり魅せられてしまった。
やがて彼は考えた。


ーこの景観は日本の宝だ。よし、国に名勝として認めさせよう。
 そうすれば多くの人にこの場所を知ってもらうことができるー


そのためには資料となる写真が必要だ。
道が整備されていない当時のことなので
写真を撮るために、時にはロープで身体を確保して渓流に入ることもあった。
南峰がプロの写真家であったことは幸いだった。
その迫力ある写真は、のちに内務省の役人をうならせることになるのである。


勝一は名勝の指定を受けるべく内務省への嘆願書を書き始めた。
山から宿に帰ってくると酒を飲みながら原稿を書く。
書き上げては写真と共に郡役所に持参した。


宿に泊まって活動をしていれば金が必要だ。
しかしこの頃には、大島写真館を辞めていたので給与はもらえない。
三段峡の写真集を作って売ったりしたが、とても足りないので
日露戦争金鵄勲章まで質入れしていたという。
またこの間に、勝一は家族と死別して孤独になっている。


金も職も家族もなくなってしまった南峰は
いまや三段峡の名勝指定に全身全霊をかけていたのである。


1925年(大正14年)10月8日、ついに内務省の告示により
三段峡は国の『名勝』に指定される。

南峰の喜びはいかばかりだったろうか。


南峰が中心となり探勝路がデザインされた。
竜の口など設置が困難な場所も、道が次第に整備されてゆく。


人口に膾炙され、次第に景勝地として有名になった三段峡
1927年(昭和2年)には日本百景の渓谷部門で第一位に輝く。


1933年(昭和8年)には探勝者が最高を記録した。
バス・ハイヤーの訪問台数が百台を超えた日もあったという。


しかしこの年の暮れ、南峰は突然三段峡を去る。
自分の役割が終わったと感じたのだ。


その後の10年間は消息不明となっていたが
1943年(昭和18年)7月、広島市内で死去する。享年66歳。


熊南峰がいなければ、三段峡が世に知られることはなかっただろうし
また国の名勝に指定されることもなかった。
まさに三段峡の恩人だった。


(参考文献)
「源流」(中国山地振興の会)
写真は「源流」から借用しました。


(最後に)「源流」をご手配いただきました
広島の写真店ケイ・エム・スリーさんに感謝します。
三段峡の写真もあるケイ・エム・スリーさんのHPです。
http://www.k-m-3.com/


[平成24年の記録]
 http://d.hatena.ne.jp/mint0606/20121230


[平成23年の記録]
 http://d.hatena.ne.jp/mint0606/20111231


[平成22年の記録]
 http://d.hatena.ne.jp/mint0606/20111230



***最近読んだ本***


珈琲店タレーランの事件簿」(岡崎琢磨)
この作者は娘の友人の親戚であり、持っていた娘から借りて読んでみた。
最初のうちは青春コメディーかと思ったが、まぎれもない意外性に富むミステリーである。
作者は若いのに修辞が巧みな美しい文章を書くと感じた。
かなり面白かった。
コーヒーを淹れ給仕をする人をバリスタというのだそうな。
みなさん知ってましたか?

四日間の奇蹟」(浅倉卓弥
『このミステリがすごい!』大賞受賞作。
広島への高速バスの中で読んだ。
ミステリーというより、ファンタジー
井上夢人の「ダレカガナカニイル・・」を思い出させる感動の作品である。      
これもまた良い作品だった。