海洋時計(マリンクロノメーター)は、海上において東西の位置、
あるいは経度を確立するために 長きにわたって渇望された装置である。
この発明は革命的なことであり、帆船時代 (Age of Sail) に おける
安全な長距離航海の実現を意味したのである。ーWikipediaよりー
*ミントの人物伝87 ②
1730年、ジョンは開発資金を援助してもらうために
新しい時計の設計書を携え、ロンドンに出かける。
自分の新しい時計のアイデアを伝えた。
「なるほど、携帯できる海洋時計か!」
ハレーは星の研究こそが経度の測定につながると考えていたが
ジョンの話には関心を抱いた。そして
自分は時計については専門外だから、と
時計師として有名なジョージ・グラハムを紹介してくれた。
ジョージ・グラハムもハレーと同様に、
ジョンとその海洋時計のアイデアを気に入る。
二人は新しい時計について何時間も話し合ったという。
そしてジョンは彼から、資金援助を受けることになったのである。
5年が経過した。
1735年、ジョンはより正確に時を刻むH-1を製作する。
Hはハリソンの頭文字だ。
真鍮の骨組みに木材の歯車をつけた「ぜんまい式の海洋時計」である。
<H-1>
H-1は高さが63cm あり、 重量も34㎏と重かったが
オーフォード号で戻る航路でその高精度を証明した。
経度法では
「西インド諸島までの航海で平均日差2秒以内でなければならない」
と定められていたため、賞金は獲得できなかったが、
経度委員会に改良のための資金援助を願い出て
500ポンドが与えられた。
1739年には、気温変化の補正を行う仕組みを入れた、より小型の
時計、H-2を完成させる。
だが39㎏ と、H-1よりも重くなってしまった。
<H-2>
陸上でのテストを経て1741年に航海実験の準備が出来ていたが、
ちょうどオーストリア継承戦争が起きており、
敵国にH-2が奪われることを避けることもあって、
実験は延期になってしまった。
しかし経度委員会からは再び開発資金として、500ポンドを得ることが
できた。
その開発資金でさらに、鉄と黄銅を組み合わせたバイメタルの 研究を
進めることができたのである。
1757年、より軽量・小型化されたH-3が完成した。
この時計にはローラーベアリングと、バイメタルが採用されている。
サーモスタット(温度調節装置)の基本原理が取り入れられているのだ。
<H-3>
ーもっと小型化できないだろうかー
ジョンはさらに研究に没頭するのだった。
(続く)
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