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自然界のなかには、私たちがどうしても不完全にしか
理解できないような複雑な構造があります。
思慮ある人ならばその壮大さを前にして、思わず
謙虚になるはずです。<アインシュタイン>
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1905年に発表された特殊相対性理論には
「同じ向きに一定の速さで動いているふたつのものの間には」
という条件が付いていた。
ここに重力の概念を組み込んで、もっと一般性の高い理論に
しようと考え、研究を続けていた。
プラハ大学の教授だったときのこと。
自分の発見を伝え、その理論に確信を深める。
そして1913年、
- 次の発表をした。
・重力とは空間のゆがみ、すなわち重力波である。
・地球は太陽の引力により引き付けられて
公転しているのではない。
太陽の出す重力波の中で空間がゆがみ、
最短距離を進もうとして公転することになったのだ。
・光は無重力なら直進するが、太陽のそばを通るときは
太陽の重力により曲がる。
アインシュタインはその証拠として
皆既日食の時に地球から観測すると、星の位置が
ずれているように見えるはずだ、と主張した。
そしてその角度は約1.75秒である、とも。
会場は騒然となった。
これは300年近く信じられていたニュートンの科学法則を
否定することになりかねない学説だったのだ。
アインシュタインは1915年から1916年にかけて、
この学説を一般相対性理論として発表した。
アインシュタインは、論文を発表した直後から心身ともに
疲れ切っていた。
ついに寝込んだ彼をつきっきりで看病してくれたのは
いとこのエルザ・レーベンタールだった。
このことで妻のミレーバと決定的に不仲になってしまい、
彼女は二人の息子を連れて家を出てしまう。
さて、一般相対性理論には
「重力で星の光が曲げられる」という予言も含まれている。
だから理論の立証のためには、皆既日食の観測が必要だった。
1919年の皆既日食において、
太陽の重力場で星の光が1.64秒曲げられたことが、
これにより一般相対性理論は正しい理論だと学会でも
認められるようになった。
相対性理論は時間や空間についてのまったく新しい考え方で、
宇宙の仕組みをはじめ、その発生や消滅などの大問題を解く
きっかけになる画期的なものだった。
なお、妻のミレーバとは別居状態が続いていたが、
1919年2月に正式に離婚手続きが完了している。
アインシュタインは相当の慰謝料を払う金銭的な余裕が
なかったため、
「ノーベル賞をとってその賞金を慰謝料とする」
と条件を提示することで、ともかく離婚を成立させたのだった。
なんだかものすごい話だが、
彼のノーベル賞受賞は自他ともに確実視されていたのだろう。
ミレーバとの 離婚が成立した1919年の6月に
アインシュタインはエルザと再婚した。
そして3年後の1922年11月、招待された日本への航海途上、
夫婦のもとにノーベル物理学賞受賞の連絡が届いたのだった。
アインシュタイン、43歳の秋だった。
(続く)
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